Claudeは配列のanomalyにどう気づいたのか:LLMによる新規逆転写酵素システムの発見

2026年9月23日、Anthropicは、Claudeのエージェント群がメタゲノムデータの中から未報告の逆転写酵素(RT)システムを発見したとする研究成果を公開した[1]。この新規のRTシステムは、array-associated RT(ART)と名付けられている。探索を担ったエージェントの一つは、DNA配列を直接読み込む中で想定外の繰り返し構造に気づき、それが発見の出発点になったという[2]。この研究は、LLMによるanomaly(想定外の異常)の検知が生物学的発見につながりうることを示した事例である。AI for Science領域で研究・開発に携わる読者に向けて、本記事ではプレプリントの記述をもとにその経緯と背景を紹介する。

研究体制:Claudeと研究者の役割分担

まず、この研究がどのような分業で進んだのかを俯瞰しておきたい。研究者は「研究ブリーフ」で目標を設定するのみで、以降のゲノムサーベイ・仮説生成・報告作成はClaudeのエージェント群が自律的に実行した[2]。人間が関与したのは、完成した報告のレビュー、追加解析、ウェット実験による検証である。全体の役割分担は次の表の通りだ。

フェーズ担当内容
目標設定研究者研究ブリーフの作成
ゲノムサーベイ・仮説生成・報告作成Claude自律的な探索・仮説検証・報告作成
報告のレビュー研究者提出された報告書の査読
追加解析研究者(Claude Scienceを利用)ファミリー確定・構造解析など対話的な追加調査
実験的検証研究者ウェット実験

この表が示す通り、Claudeが担うのは配列データの探索から仮説の生成・報告までであり、実験による検証と最終判断は一貫して人間が担っている。以降の章では、この分業のもとで実際に何が起きたのかを順を追って説明する。

ゲノムマイニングにおける「気づき」のボトルネック

配列データベースは4年ごとに倍加するペースで拡大しており、すでに数十億規模のタンパク質配列を抱えている[2]。この規模のデータを体系的に調べられるのは計算パイプラインだけだが、パイプラインは既知システムのホモログを検索し、あらかじめ定義された特徴でヒットを分類するにとどまる。新規性はあらかじめ規定した範囲でしか判定されず、その範囲の外にあるanomalyは見過ごされる。人間の専門家であれば定義済みの特徴を超えてanomalyに気づけるが、この目視キュレーションはデータの増加速度に追いつかず、ゲノムマイニングのボトルネックであり続けてきた。

Claudeによる自律型ハーネス

4つのロールで回すハーネスの仕組み

研究チームは、研究ブリーフを分析ステージに分解し、各ステージをさらに小さなタスクへ落とし込むハーネスを構築した。1つのタスクでは、worker役のClaude Codeエージェントが計画を立てて実行し、supervisor役の別エージェントがその計画と結果をレビューする。supervisorは、作業中に得られた知見をもとに新しいタスクを開くこともでき(119タスクのうち98タスクがこの追加発行によるもの)、これによってキャンペーンは進行しながら自己拡張していく。curator役のエージェントは得られた知見を共有のナレッジベースに記録し、editor役のエージェントは提出された報告書をレビューする。こうしてハーネス全体が共通のメモリを持つマルチエージェントシステムとして機能する[2]。

探索の規模

研究チームは、新しいパートナー遺伝子との関連性をもとに新規のRTシステムを特定するようエージェントに求める研究ブリーフを作成した。今回のキャンペーンでは、Claude Mythos 5を用いて19億のタンパク質クラスターからRT座位を調査し、19万8,290件のRTクラスターへ絞り込んだ上で9つのRTクラスに分類した。さらに近傍の遺伝子を調べ、3,564のタンパク質ファミリーをパートナー候補としてスコアリングしている。最終的に17候補が選ばれ、個別の担当workerによって調査された。キャンペーン全体では119タスク・949セッション、77エージェント時間・2億1,560万トークンを21.5時間の実時間で消費しており、この間人間の介入は一切なかった[2]。

候補の絞り込みと、新たな発見

17の候補パートナーファミリーのうち、新規のRT関連として確認されたのはわずか3件である。残る14件は、注釈の誤り・既知システムの一部・単なる近傍の遺伝子であるとして、エージェント自身が棄却または保留とした。この過程で、パートナー遺伝子の探索とは別に、個々のRTとその周辺DNAの通常とは異なる特徴に気づいたworkerもおり、別途3件が新しいRT系統として報告された。最終的にキャンペーンは、17候補ファミリーについて16件(2件は1つの報告に統合)、新しいRT系統について3件、合計19件の報告で締めくくられている[2]。

ART発見までの経緯

パートナー候補の棄却から追加調査へ

ARTにつながるRTは当初、ゲノム上でファージのRNAポリメラーゼのサブユニット遺伝子と隣接していたことから、そのパートナー候補との組み合わせとして選ばれた。しかしworkerは、この隣接関係が系統特異的な遺伝子順序にすぎず、パートナー遺伝子の候補としては成立しないと判断してこれを棄却した。それでも、このRTがレトロン(原核生物が持つ、RTとncRNAなどから構成される遺伝要素)に似た遊離型として存在する点を「報告に値する副次的な発見」と考え、追加調査のタスクを自らキューに入れている[2]。

上流DNAを読み、繰り返し配列に気づく

レトロンのRTは通常、上流にコードされたncRNAと共に機能する。supervisorは次のworkerに、対象RTの5′側の非コード領域を確認するよう指示した。対象のRTでは上流の非コード領域が中央値27bpと短く、ncRNAをコードするには不十分だったが、近縁のRTでは中央値940bpと長かった。workerがこの長い上流配列を直接コンテキストに読み込んだところ、次のような記録が残っている。

The L0050 (228,907 bp logan contig) flank is spectacular: I can see by eye a tandem repeat array: “CATGTGTATCGCATGTT” / “CATGTGTTTCGCATGT” repeating many times with ~100-180 bp spacers — that’s a CRISPR-like or msDNA-like repeat array?!

—— Worker agent, task t0062[2]

つまりworkerは、塩基配列を直接読むことで、既存のパイプラインでは拾われない反復構造に自ら気づき、この構造がCRISPR様あるいはmsDNA様の反復アレイではないかという仮説まで立てていたことになる。

自ら新規性を疑い、検証してからレポートを提出

workerはこの発見にすぐ飛びつかず、既知のRTシステム(DRT9やApeAなど)と比較しながら新規性を疑い、「定量的に特徴づけてから、正確な記述で新規性のkill-testとしての文献検索を行う」という慎重な検証プロセスを自ら設計した。非コード領域を分析した結果、CRISPRアレイを含むどの既知の非コード要素とも異なることが確認され、反復配列を数えるスクリプトも自作している。ある座位では16ntの反復配列が14コピー、100〜200ntのスペーサーで区切られて存在することが判明し、文献検索でも既報のいかなる特徴とも一致しないことを確認したうえで、人間のレビュー向けに報告を提出した[2]。

ARTとは

研究チームはこのファージRT系統を、それを特徴づけるアレイにちなんでarray-associated RT(ART) と命名した。ARTはジャンボファージ(ゲノムが大きい特殊なバクテリオファージ)のゲノムにコードされており、逆転写酵素・専用のパートナー遺伝子・上流の非コードDNA反復配列という3要素で構成される。ARTの反復配列はCRISPRの繰り返し・スペーサー構造と見た目が似ており、Anthropicの発表タイトルも「CRISPR-like repeats」としている。しかし、CRISPRアレイとは異なり、反復配列はクレード内で高く保存される一方でスペーサーは保存されにくく、近傍にcas遺伝子も存在しない。ARTのRTは、ポリメラーゼドメインの前に約180残基の長いN末端領域を持つ(他のRTでは通常50残基以下)。このN末端領域はファミリーの全メンバーに共通しており、アレイに次ぐ第二の特徴となっている。機能はいずれも未解明である[2]。

なぜClaudeは気づけたのか

10回の再実行では再発見されなかった

研究チームは発見の再現性を確かめるため、同じキャンペーンを10回追加で実行した。ほぼすべてのキャンペーンがART座位をサンプリングし、2回はworkerが追加調査の対象にしていたが、いずれのケースでもRT上流のDNAは読まれず、アレイは見逃された。研究チームはこの結果を、RTの探索空間の広さとハーネスの非決定的な挙動によるものと分析している[2]。

DNAを直接読むかどうかで認識率が変わる

そこで研究チームは、ART配列を直接コンテキストに与える、あるいはツール付きのファイルとして与える、という固定入力ベンチマークを構築し、7つのClaudeモデルを比較した。最上位4モデル(Opus 5.5・Mythos 5.1・Mythos 5・Opus 5)と残り3モデル(Opus 4.6・Opus 4.8・Sonnet 5)の間には明確な性能差があった。オリジナルの探索キャンペーンを実行したMythos 5も最上位グループに含まれており、研究チームはこの能力の向上が発見に寄与したと考察している。また、配列をコンテキストにそのまま与えた場合、最上位4モデルは90%以上の試行でアレイを正しく認識できたが、ツール経由でファイルとして与えた場合はOpus 5で最低32%まで低下した。この違いは、ファイルとして与えた試行の39%が200nt以上の連続領域を一度も読んでいなかったことに起因しており、200nt以上を読んだ試行では認識率が16〜32ポイント高かった[2]。

モデル内部の「繰り返し」に反応するシグナル

研究チームは発見セッションの記録をMythos 5に再度通し、内部活動を個別のシグナルへ分解した。そのうち2つのシグナル(repeat-signal 1・repeat-signal 2)は、ゲノム配列専用の言語モデル(Evo 2・gLM2)と同様に、ART配列上の反復に反応した。各コピーの塩基配列をその場でシャッフルすると、これらのシグナルはほぼ消失した。この結果から、反復配列そのものがモデル内部のシグナルを発火させたことが示された。その直後に「タンデムリピートアレイ」という自然言語の推論が続いている[2]。

発見後の解析:Claude Scienceの活用

発見後、研究チームはClaude Scienceの対話的なセッションを用いて、このアレイとRTがより広いファミリーを構成するかどうかを、プロファイルHMM検索や系統解析で調べた。さらに、ARTシステムを持つStaphylococcusファージSA1の感染時系列を追った公開研究のRNAデータを自律的に見つけ出して解析し、この反復配列がファージ感染時に高発現していることを明らかにした[2]。

この研究を読む上での注意点

研究チーム自身が明記している通り、ARTの逆転写酵素が実際に活性を持つか、アレイ由来のRNAがその基質となるかは示されていない。RTとパートナー遺伝子が相互作用するかどうか、ファージにとってこのシステムが何をしているのかも現時点では不明である。また、発見の再現性には課題があり、同一キャンペーンを10回再実行しても一度も同じ発見には至っていない。さらに、本研究はプレプリントであり査読を経ておらず、モデルの評価にもAnthropic自身のモデル(Mythos 5など)が使われている点にも留意したい[2]。

補足1:本研究を行った研究グループについて

本研究は、Anthropicが2026年春に設立した生命科学研究グループによるものである。同グループは基礎生物学領域を中心に活動しており、今回のようなDNA配列の探索・仮説生成はClaudeのエージェントに委ねる一方、実際のウェット実験はすべて人間の科学者が担当している[1]。

補足2:Claude Scienceとは

Claude Scienceは、2026年6月30日にAnthropicが発表したライフサイエンス向けのAIワークベンチである[3]。ゲノミクス・単一細胞解析・プロテオミクス・構造生物学・ケモインフォマティクスなど複数領域をカバーし、60以上の専門スキル・コネクタと連携する。司令塔役のAIが専門エージェントに作業を分担し、成果物は別のレビューエージェントが引用や計算の正確性を検証してから納品するという構成を採っており、本記事で紹介した発見後の解析でもこの仕組みが使われている。

まとめ

本研究は、Claudeのエージェント群が人間の介入なしにゲノムデータを探索し、配列中のanomalyに自ら気づいて新規の逆転写酵素システムの発見につなげた事例である。発見の決め手は、workerが当初の想定から外れた候補をあえて追加で調べ、DNA配列を直接読んだことにあった。ベンチマークとモデル内部のシグナル解析は、この「気づき」がモデルの能力に支えられていた可能性を示している。

一方で、同じ発見は再実行では再現されず、ARTの機能もまだ解明されていない。LLMが担えるのはanomalyに気づいて仮説を立てる段階までで、それを検証し意味づけるのは研究者の役割だ。AIと研究者のこうした分業が、データの増加に追いつけないゲノムマイニングのボトルネックを解消する一つの形になりうるだろう。

参考文献

[1] Anthropic, “Claude discovers a novel enzyme system with CRISPR-like repeats”, 2026, Accessed: 2026-09-29., https://www.anthropic.com/news/claude-discovers-novel-enzyme-system

[2] Yoon, P.H. et al., “Autonomous AI agents discover reverse transcriptases with tandem repeat arrays”, Anthropic preprint(2026)., https://www-cdn.anthropic.com/22573675ada52a8ca8a97a1a4b4326b2f208a071.pdf

[3] Anthropic, “Claude Science, an AI workbench for scientists, is now available”, 2026, Accessed: 2026-09-29., https://www.anthropic.com/news/claude-science-ai-workbench

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